(高32回 下平(前田)紀代子さんより)

毎月2回、杉並区の角川庭園で句会をご一緒している林璋さん(高5回)からの情報です。

林さんが昨年、角川『短歌』を読んで、若山牧水が伊那を訪れ、地元の歌人らと大酒宴をひらいていたことを知りました。短歌関係者、伊那の郷土館等に問い合わせたところ、牧水は短歌集『くろ土』に彼の地で詠んだ15首を発表しており、歌に詠まれている矢島氏の子孫を探し出して連絡をしたら、矢島家に保管されていた牧水の手紙が送られてきたそうなのです。

歌人で牧水研究の第一人者・伊藤一彦先生にもその資料を送ったところ、とても驚かれて、近々、地元宮崎の新聞にそれが発表されることになっているそうです。

林さんがそんな一連について原稿を書いてこられて「飯田高校の同窓会誌に載せられないだろうか?」と仰るので「いまは同窓会のHPがありますから、画像があるなら尚更、掲載していただきましょう!」と私が勝手に判断しまして、お願いしている次第です。

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「若山牧水 伊那谷の大酒宴」              高5回生 林 璋

* 白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

* 幾山河越えさり行かば寂しさの終(は)てなむ国ぞ今日も旅ゆく

* 白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり

酒と旅と恋の生涯を終えた若山牧水の名を知らぬ人はいないが、伊那谷の友人に招かれ、どんちゃん騒ぎの大酒宴を催し、実に楽しい短歌15首を詠んでいることを知る人は少ない。

宮崎県出身で早稲田大学文学部を卒業した若山牧水は、昨年(令和7年)が生誕140年だったため、各地で講演会、歌会が開かれ、伊藤一彦編による『若山牧水全歌集』の出版、角川文化振興財団の月刊誌『短歌』7月号は「若山牧水ルネサンス」と題する特集号であった。 この中に伊藤一彦、本多稜、乃上あつこ、小島なおら4歌人による座談会の記事があった。そして本多稜の発言に「牧水が伊那の山村に行って地元の歌人たちと飲み明かし、雪の庭で踊りだす」という記載があった。牧水が伊那に来たことを全く知らなかった私は、いったいどの村だったのか知りたくなった。

小島なお先生は杉並区内の角川庭園(角川書店設立者で俳人の角川源義氏の元私邸)で10年来、私が参加している短歌勉強会「サルビアの会」の講師をしておられるので、本多稜氏に会ったらそのことを聞いて欲しいとお頼みした。まもなく小島なお先生は1枚の短歌集のコピーを探してきてくれた。牧水の短歌集『くろ土』の中の「駒が嶽の麓」15首である。この中に矢島敏(とし)弼(すけ)の名前を見つけた。私は、駒ヶ岳の麓と矢島敏弼の名だけを頼りに、牧水はどの村を訪ねたのか探索を始めた。木曽駒ヶ岳登山口のある駒ヶ根市郷土博物館と宮田村役場、それに北隣りの伊那市にお住いの長野県歌人連盟の会長さんに問い合わせたが、何れも牧水が伊那に来たとは聞いたことがないとの返事であった。やがて9月になって、駒ヶ根市郷土博物館館長の北澤武志氏から「上伊那郡誌に矢島敏弼の記載あり。歌人で東箕輪村(現・箕輪町)の村長であった」という旨の知らせが来た。早速、箕輪町の郷土博物館館長の柴秀毅氏に電話をしたところ、「牧水が箕輪に来たとは聞いたことがないが、矢島家という旧家はある」と、電話番号を教えてくれた。お電話したところ、まさに矢島敏弼氏の生家であった。お孫さんの干(たて)城(き)氏は当時87才。とても感じの良い方で、まもなく牧水自筆の書状2通のコピー、牧水の肖像写真、牧水、敏弼氏を含む数人の集合写真のコピーをお送り下さった。牧水書状の1通は「これから矢島家を訪ねる」という、日程を記した原稿用紙にペン字書きの書状、他の1通は矢島家で饗応を受け、帰京した後の毛筆書きの礼状であった。

今年(令和8年)3月、小島なお先生経由で、牧水研究の第一人者で歌人の伊藤一彦氏に牧水2書簡のコピーをお渡しした。すると翌月、「初めて見る大変貴重な書簡です」という礼状と、難解な牧水の自筆書簡を専門家と共同作業で活字に清書したものを送って下さったのである。

矢島干城氏は伊那北高校出身だが、奥方の節子夫人(旧姓宮下、飯島町)は飯田高校の後輩で、14期生とのこと。これもまた不思議なご縁である。

ロマンに満ちた牧水短歌の中で、「駒が嶽の麓」15首は異才を放つ楽しい短歌故、次に6首を記す。

* 雪雲の天つそらさし晴れゆけばあらはなるかも駒が嶽の山

* 小男の日野の義人(よしと)はいちはやく衣(きぬ)脱ぎすてて踊り出でたれ

* 大男矢島(やじま)敏(とし)弼(すけ)のそろのそろ真黒(まくろ)裸体(はだか)がをどるぞよやよ

* ちぢこまるわれに踊れと手とり足とり引き出だしたれ酔人(ゑひびと)どもは

* うるはしきとなりのをとめぬすみ見つつわれ古りにきと踊りけらずや

* いつしかに涙ながしてをどりたれ命みじかしと泣きて踊りたれ

 

このような貴重な資料を埋もれたままにするのは惜しい。折しも5月11日、伊藤一彦先生よりお電話があり、「現地・伊那の新聞記者を呼んで、牧水2書簡を公表する。それには地元・伊那の文化人の後押しが必要」とアドバイスを頂いた。故に本稿したためることにした。願わくば、このことで伊那に若山牧水の歌碑を建立する動きになれば、と私も願っている。

若山牧水 – Wikipedia

最後に私自身の短歌歴であるが、前述の「サルビアの会」は2017(平成29)年6月以来であるが、NHK短歌、角川文化振興財団「短歌」への投稿を含めると、開始は2006(平成18)年からとなる。僭越ながらアーカイブズより下記2首を記す。

* すれ違った瞬間音の低くなるドップラー効果のような僕の恋

NHKテレビ短歌 平成25年4月題「恋う」 永田和宏特選1位

* 膕(ひかがみ)のまぶしき白さ階段を上りてついと夏雲に出る

角川文化振興財団「短歌」令和4年3月号 福島泰樹特選

 

[林璋経歴]

昭和10年2月23日東京都港区芝白金にて出生
昭和19年1月父と共に父の実家のある長野県下伊那郡市田村下市田へ疎開
昭和25年3月長野県下伊那郡市田村立市田中学校卒業

昭和28年3月長野県立飯田高松高校卒業
昭和33年3月東京大学理学部地学科地質鉱物コース卒業

昭和33年4月第一物産(現三井物産)入社 鉄鋼部門、非鉄金属部門勤務
平成12年3月同社定年退職

現在、東京都杉並区在住