「歩くこと」、それは人と人をつなぎ、足元の地域の魅力に気づくきっかけ

2026年10月2日、下伊那郡阿智村中央公民館で、阿智村 村制70周年記念式典の基調講演が行われました。講師は、阿智村ふるさと大使であり、明治大学体育会競走部監督を務める園原健弘さん(高33回)。「歩けば道が開く――阿智村の未来を歩こう」と題して講演しました。

阿智村五和で育ち、飯田高校、明治大学へと進んだ園原さんは、箱根駅伝に出場し、日本陸上競技選手権では3度の優勝(20km競歩で1回、50km競歩で2回)。世界陸上選手権には3大会連続出場しました。1992年バルセロナオリンピックでは男子50キロ競歩に出場しています。

競技者としての経験に加え、現在は明治大学体育会競走部の指導や、健康づくり、ウォーキングを通じた地域の取り組みに携わっています。

講演では、歩くことの価値を入り口に、阿智村が持つ自然や歴史、人のつながりをどう生かし、次の世代へつないでいくかを語りました。競技者や指導者だけでなく、地域で暮らす人、ふるさとを離れて暮らす人、スポーツや健康づくりに関わる人にも届く提案が数多くありました。

ふるさとを離れても、阿智村の人

「私は村民ではありませんが、村民だと思っています」。講演の冒頭、園原さんは阿智村が村制70周年を迎えた喜びを述べ、自身と故郷とのつながりを語りました。

18歳まで阿智村で過ごし、その後は村を離れて暮らしてきた園原さん。現在は埼玉県に住んでいますが、「今も阿智村の人間、村民だという感覚の方が強い」と話します。阿智村の星空がメディアで紹介されるたび、離れた場所にいても誇らしく、うれしいといいます。

「星空の美しい村」として知られる阿智村は、村内に暮らす人だけでなく、ふるさとを離れた人にとっても大切な誇りです。外にいる人が故郷を思い、応援できることも地域の力の一つ。園原さんは、村の内外にいる人が経験や知恵を持ち寄り、関わり続けられる仕組みをつくることの大切さを示しました。

明治大学体育会競走部の監督として、学生の指導にもあたる

歩くことが、健康と地域の魅力をつなぐ

園原さんは、競技としての競歩だけでなく、日々の暮らしの中で歩くことにも可能性を見いだしています。歩けば体を動かせるだけでなく、会話が生まれ、身近な風景や歴史に目が向く。歩くことを、健康づくりと地域を知る機会の両方につなげられるという考えです。

講演では、人生100年時代を見据え、「100歳になっても元気に歩ける村でありたい」と呼びかけました。歩くことを誰か一人の習慣にとどめず、家族や仲間と一緒に取り組めば、世代を越えた交流のきっかけにもなります。

園原さんが紹介した「3日、13日、23日は散歩の日」という提案も、歩く機会を暮らしに取り入れる工夫の一つです。一人で歩く日、誰かと歩く日、みんなで歩く日をつくり、無理なく続ける。歩くことを通して、地域の人が出会う場を増やしていく発想です。

一方で、自然があるだけで人が歩きに来るとは限りません。安全に歩ける道や休める場所、歩いてみたくなるコース名や案内など、訪れる人の目線に立った工夫が必要です。日常の道路を歩くだけでなく、気持ちを切り替えて歩ける場所を整えることで、村の人にも訪れる人にも、歩く楽しみが生まれます。

 

星空、東山道、昭和の写真――地域の宝を「体験」に

阿智村には、昼神温泉や星空に加え、東山道をはじめとする歴史、地域に受け継がれてきた風景や記憶があります。園原さんは、これらを個別に紹介するだけでなく、歩く体験の中で結びつけることを提案しました。

たとえば、古代の道から昭和の暮らしまで、時間をたどるように歩くコースが考えられます。写真家の熊谷元一さんが撮影した地域の写真と現在の風景を見比べながら、写真の場所を実際に訪れ、当時の暮らしや地域の変化に思いを巡らせる。そうした工夫によって、風景を眺めるだけではなく、記憶に残る体験が生まれます。

地域の魅力は、住んでいる人にとっては当たり前になり、気づかれにくいこともあります。まずは自分たちで歩き、「こんな場所があった」「この景色を誰かに見てほしい」と発見を共有すること。車で訪れて短い距離を歩く形でもよい。安全に配慮しながら身近な場所を見直すことが、発信の出発点になります。

スポーツ合宿は、地域の仕組みづくりから

園原さんは、スポーツを生かした交流人口づくりについても話しました。阿智村には温泉や自然環境があり、将来の交通網の変化も見据えれば、スポーツ合宿などを受け入れる可能性を考えられます。ただし、大規模な施設を先につくるのではなく、受け入れの仕組みや採算、地域への還元を確かめながら、小さく始めることが重要だと強調しました。

講演では、大学陸上部の合宿を受け入れている北海道紋別市の例が紹介されました。合宿は宿泊だけで完結せず、滞在中の食事や買い物、地域の人との交流にもつながります。

地域に継続的な効果を生むには、誰が受け入れ、地域のどこにお金や人の流れをつくるのか、先に考えておく必要があります。また、菅平のラグビー合宿や、豊丘村で同じ競歩アスリートの酒井浩文さんが主催している大学競歩チームの練習など、近隣地域の取り組みにも触れました。阿智村だけで完結させず、南信州の自治体や団体がそれぞれの強みを持ち寄り、広域で連携することも将来の選択肢です。

「まず来てもらって、やってみる」。少人数の合宿や小規模なウォーキング企画から始め、参加者や住民の声を聞いて改善する。講演で示されたのは、施設整備を先行させるのではなく、地域に必要な活動と運営の形を確かめながら育てていく進め方でした。

 

「やろう」と決め、小さく試し、仲間を増やす

講演を貫いていたのは、「できたらいいな」で終わらせず、まず「やろう」と決めることの大切さです。園原さんは、東京六大学対校陸上競技会を国立競技場で開くため、学生たちが自ら資金を集め、実現にこぎつけた経験を紹介しました。誰かが決断して動き始めると、協力者が現れ、次の一歩につながることがあります。

もちろん、地域の取り組みは一度決めれば終わりではありません。小さく始め、試し、うまくいかなかった点を見直す。参加する人の声を聞きながら修正を重ねる。歩くコースづくりでも、スポーツ合宿でも、地域の人が続けられる規模から始めることが、長く続く活動につながります。

また、歩くことが難しい人も参加できる場をつくることも提案しました。徳島県のマラソン大会では、車いすの人や足の不自由な人も参加できるよう、複数人で協力して参加する仕組みを設けているそうです。参加の方法や役割を工夫すれば、年齢や身体の状態にかかわらず、地域の活動に加われる人は広がります。

「阿智村の中には、まだ行ったことのない素敵な場所がたくさんあると思います。ぜひ皆さんで村の中のよいところを探してみてください」。講演の結びに向けて、園原さんは村の人々に呼びかけました。

阿智村の魅力を見つけ、伝え、訪れる人や村を離れた人とも分かち合う。その一歩は、身近な道を歩いてみることから始められます。村制70周年を節目に、地域の人々の思いと小さな挑戦がつながり、次の70年へ続く道が開かれていくことを願います。

 

阿智村村制70周年記念式典 基調講演には、多くの飯田高校同窓生が来場しました。

取材に快く応じてくださった園原健弘さん、講演を紹介してくださった陸上班同期の阿智村職員・佐藤卓郎さん(高33回)に、心より御礼申し上げます。また、取材にあたりお世話になった阿智村長の熊谷秀樹さん(高39回)、総務課の石原昭平さん(高59回)にも、厚く御礼申し上げます。

園原さんの高校同級生から贈られた祝花の前で。左から佐藤さん、園原さん、熊谷村長、筆者

飯田下伊那では、今年、阿智村が村制70周年を迎えたほか、天龍村(村長 永嶺誠一さん 高33回)も「誕生70周年」、松川町も「町制施行70周年」を迎えました。おめでとうございます。

取材を終えて

園原さんの講演で心に残ったのは、箱根駅伝やオリンピックに出場した華やかな競技歴だけではありません。競技を通じて得た経験を、その後の人生にどう生かし、ふるさとや若いアスリート、これまで支えてくれた人々にどう返していくのか。その姿勢が、講演全体を通じて伝わってきました。

競技人生で培ったものは、競技を終えたあとも、人を育て、地域とつながる力になる。園原さんのお話は、スポーツに取り組む若い世代にも、ふるさとを思う私たちにも、大切なことを教えてくれたように感じます。

陸上班OB 所澤 真 高33回

園原さんも汗を流した、飯田高校グラウンド