高8 塩澤千秋 (カナダ カルガリーから)     

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 カルガリー、今日は雪です。昨夜から降り始めました。一日続くそうです。いよいよ冬でしょうか。子供の居る家では既にクリスマスデコレーションが始まり、ツリーはもとより、家そのものを全部イルミネーションしてしまう所もあります。信州は今頃は紅葉が綺麗だったですね。それとももう散ってしまったでしょうか。田んぼや農家の庭先に赤くなっている柿を思い描いています。
 ところで、先日のしし座流星群はご覧になりましたか。こちらでも見るチャンスがありましたが、日本ほどではなかったようです。それでも零下5度の原っぱで、冬の重装備をして三時間頑張りました。15時間の時間差のためでしょうか、日本ほどではなく、何時もより多い流れ星でしたが、ちっと期待はずれでした。  (November 24, 2001)

 氷河をわたる風(7) Indian Paintbrush

  ロッキー山の夏を彩る代表的な花。インデアンの絵筆。実は花のように見えるのは学問的に言うと花弁ではなくてガクだそうです。赤、深紅、黄色、白など多種多様な色があります。インデアンが染料や絵の具として使ったそうです。草丈は5センチから30センチ位、所によって違います。ロッキーの山や湖を背景にして咲く姿には幾分の哀しさがにじんで昔この辺りに住んでいたインデアンの乙女のようです。夏のロッキー、いたる所に群生します。一色だけでなくいろいろの色が混じり合って咲く姿はひっくり返った絵の具箱から飛び出した絵筆のようです。色とりどりに咲いた花が氷河の風に揺れる中をグリズリー母熊が戯れる小熊と一緒に通って行くのでしょう。

     (写真1:1999年8月3日 Bow Lake湖畔にて撮影)

    

ベストシャッター
 その日Kさんは、かなり森の奥深くまで入って、野生動物の撮影をしていました。誠に幸運なことに、前方に、立派な角を持った雄のムースが見つかりました。ビデオカメラを構えて、適当な距離まで近付いて撮影を初めました。ムースは、その大きな身体に似合わず、かなり神経質です。感づかれれば大概逃げられか、機嫌の悪い奴には襲われることもあります。特に雄と子持ちの雌は要注意、命にかかわります。しかし、こんな近くで撮影の出来るチャンスはめったにありません。夢中になって撮影していると、崖の上にいた友達から声がかかりました。
 「Kさん、今いるところを動かずに注意して聞けよ。返事をしなくてもよい。」
 「実は、お前のすぐ後ろにグリズリーが来ている。パニックになるな。俺の言う通りに動けば大丈夫だから。」
Kさんは一瞬、ゾーッとなる。心なしか、首筋の辺りに熊の息吹を感じた様な気がしました。走りだしたいのをじっと我慢する。友達の落ち着いた声がさらに続く。
 「前方を見て、登れそうな木を決めろ」
前方五メートル程に、よじ登れそうな白樺の木があった。よし、これに決めた。
 「決めたら、走りだす前に、思いっきり身体を伸ばし両手を上げ、ワーッと叫べ。そして走れ。何が何でもその木に登れ。」
Kさんは思いっきり立ち上がって、咽喉が破れんばかりの声を張り上げて、空中を舞うがごとくに走り、とにかく木によじ登って、熊の手の届かない枝まで上がることが出来ました。怒った熊は、木の下まで来て立ち上がり、前脚を伸ばしてKさんを威嚇します。生きた心地もない。
幸いなことに、熊はグリズリーだった。木に登れない。少し落ち着くと、Kさんはまだカメラが首にぶる下がっていることに気がついた。こうなったら熊でも撮ってやろうではないか。カメラを回し始めると、立ち去りかけていた熊が、その小さな音にいらだって、怒り狂って戻って来ます。安全圏に入ったと思うと現金なもので、欲が出てきます。その怒り狂った顔を、からかうような気持で、撮影することができました。
Kさんは熊の習性を熟知している友人のおかげで、ほんの一瞬の差で命拾いしました。熊は目の前に未知のものが突然現れると、一瞬、二、三歩下がる習性があります。そのほんの瞬間をついて安全なところに逃げ込めば、何とか生き延びることが出来ると言う事です。熊は崖を登ることは苦手です。高山に棲む、マウンテンゴートは熊やピューマの餌として狙われますが、大概、その小柄な身体をばね仕掛けのようにはねらせて、岩場に逃げ込んでしまいます。追跡者の方が崖から落ちて、命を落とすこともあるそうです。崖や立木は、人間にとってもグリズリーから逃れる安全圏の一つなのです。ロッキー山中で植物の生態を研究をしている友人は良くそのことを知っていました。
しかし、あれは錯覚だったのだろうか。逃げる瞬間、近くの林が、風もないのに、ざわざわと揺れました。それが熊の気を反らしてくれたようでした。偶然だったのだろうか。また、熊が木の下に来て怒り狂い立ち去ろうとしなかった時、近くの薮が揺すぶられ、熊がそちらに行ってしまったのは、何だったのだろうか。命拾いして、ボーッとしていたKさんの頬を”氷河をわたる風”が優しくなぜていきまた。