ふるさとへの便り

高8 塩澤千秋 (カナダ カルガリーから)      [塩澤さんへの質問や感想はこちらへ] cshio@shaw.ca

 カルガリーにもようやく春が訪れたようです。街路樹の木の芽が開いてきました。我が家の前、楡の花が細長いおしべをぶらぶらさせて咲き始めました。これから一気に緑になって行く事でしょう。四月の終わりに大吹雪が、そして先週も雪が降っていたのですが俄かに気温が上がり今日などは21度になりました。快晴続きです。長かった今年の冬、春を飛び越して一気に夏になったような感じです。もう直ぐライラックの花が咲き良い匂いを漂わせてくることでしょう。楽しみに待っています。(May 30, 2002)

 氷河をわたる風(13) Spring Beauty

  ロッキーの雪が融け始めGlacier Lilyが咲き、そして更に雪が引いて未だ地面が湿っている頃、Spring Beautyの清楚な白い花が開きます。傍らにはNorthern bog-laurelの赤い花が咲き誇っていました。  それに比べて派手やかではありませんがきりりとした形の良い花です。しなやかな長い茎は氷河の風に良くしないます。草丈は10cm位、花は直径一センチくらいでしょうか。細長い舟形の葉が花を守るように低くつきます。「春の美人」の名前に相応しい可憐な花です。こんな花をファインダーから見つめていると故郷の人と入れ替わります。今も咲き誇って輝いているのです。
(1999年6月29日Payto Lakeにて撮影)

 

春3.日本人ガイド

 バンフは、雪の山々に囲まれた、ボー川のほとりにある、静かな、美しい町です。  小高い山裾に建てられた、古い市議会堂から町並みが真っ直ぐに北に伸びています。その先をふさぐ様に雪に覆われた真っ白なカスケード山が聳え立っています。右手には、トンネル マウンテンがこんもりとうずくまり、中腹の林の中に講堂や白い宿舎が雪の見える松林の中にちらほら散在しています。カナダの大学の共有施設です。左手の方は大きく開け、遠くまで空が見え、その下をボー川が雪と氷に敷き詰められ、所々に青い水を覗かせながら流れています。川は左手よりカーブを描き目の前を横切り、バンフ スプリング ホテルの下、ボー滝へとうねって行きます。この町はもともと鉄道建設の基地として、また後には鉄道維持のための町として発展して来ました。今は、ロッキー山中最も大きい観光の町として栄えています。そして、年々その表情が変わって行くようです。
 大部分の日本人は外国へ旅しても、日本レストランで日本食を食べ、日本人の土産店で、日本語で買い物をして帰って来ると言われますが、バンフでも例外ではないようです。日本人観光客の増加と共に日本人経営の土産店、ホテル、レストラン、ガイド達が急増してきています。日本円が俄かに強くなった頃、バンフの目抜き通りに、新しい日本人経営の土産店やレストランが毎日の様に開かれたと言われます。ついにはホテルの買収なども始まり、バンフの町は日本語に満ち満ちてきました。その内、バンフ全体が日本人のものになって仕舞うのではないかとカナダ人は不安がります。自分たちの誇りとする国立公園内にあるホテルが、外国人である日本人に買われたと言うのが、カナダ人をなんとも落ち着かない気持ちにさせるようです。
 このような状況の中で日本人ガイドが活躍をします。外国を旅していて自分の理解できる言葉で案内してもらえる事は大変嬉しい事です。新しい世界で興味あるものを見落さないように分かる様に描き出してくれて有難ものです。こうした需要もあってバンフでは、多くのツアーガイドが入り乱れてお客さんの奪い合いをしています。また、大量のお客さんの行動を決定出来るガイドを土産店が放っておく筈がありません。日本人ガイドは日本人経営のお土産店と提携して日本人団体客をその店に案内しコミッションを取るようになって来たのです。
 大きな観光バスを店の前に横づけにし、自分の客を総てその店に入れてしまうというやり方です。勿論店の方では、日本語を話せる店員を用意しています。かつてエドモントンで日本語学校の生徒であった日本人子弟が、そうした店で優遇されて活躍しているのを見た事もあります。支払いをする時にガイドの名前を言う事になっています。多少割り引いてくれます。あたかもそのガイドの為に割引がされたような印象を受けます。所がそれはガイドにコミッションを払うためのデーターなのです。それに気づくお客さんは殆どありません。
 こんな方法でお客の殆どを持って行かれてしまう、周りの英語しか通じないカナダ人経営の店はたまったものではありません。土産店と言っても安物を売るだけではありません。毛皮、革製品、宝石などかなり高価なものも置かれています。そうした高価な商品にも関わらず、日本人団体が去った後、店が空になるほどに売れるのです。日本人客の常として、誰か一人が買うと必ず数人が同じ物に飛びつきます。他人の持っている物を自分も総て持っていないと気がすまないと言う習性です。店員達はこうした日本人の自主性の無い習性を良く心得ていて、売りたい品物を上手く進めて一人に買わせます。かくして、日本人経営の土産店は大いに栄えています。
 こんなやり方に堪り兼ねてカナダ人達が取った方法がこれまた姑息でした。市に条例を作らせ観光バスを店の前に駐車させない手段に出たのです。確かに大きなバスが交通量の多い本通りに駐車すると車の流れを止めてしまい、他のドライバーにとっては誠に迷惑なことです。しかし、それを改善させたのは、車の流れを良くするための交通行政上の考慮ではなく、観光客の争奪戦をしている、カナダ人と日本人経営のお土産店間の、裏での戦争であったともっぱらの評判です。
  この様な小さな事件が、最近、新聞に頻繁に載るようになりました。その国の社会と隔離されて、無邪気に、シャボン玉に入って団体で旅行する日本人が立てる小波にカナダのジャーナリストはかなり気を配る様になって来ました。その書き方は決して好意的な物ばかりではありません。
 こうして活躍するガイド達と店の間にもいろいろと苦労があるようです。空港の土産店でアルバイトをしている娘がある日かんかんになって帰ってきました。何事かと尋ねると、自分の店でコミッションを払っていないガイドに商売を邪魔されたと言うのです。アルバイトとは言え、このように店に対して中々の忠誠心を示す辺り、カナダ育ちながら日本的であって面白い。詳細は次の様です。お客さんが来て品物を選び、いざ会計と計算を始めました。殆どお金を受け取るばかりの時、突然、「皆様出発の時間です」と言うガイドの声が店中に響き渡ったそうです。その途端、お客は総てをおっぽり出して行ってしまったと言うのです。店がコミッションを払っていないガイドでした。未だ時間は充分にあり、待合室では同じ団体の客が悠々と腰を下ろして落ち着いているにも関わらずです。他の店で買い物をしてしまうと、ガイドが契約している店での買い方が落ちるためだと言います。それがコミッションの多寡に影響する事は勿論ですが、日本人独特の自分の属する社会に対する忠誠心が現れているのかも知れません。
 ガイド達の起こすこうした観光戦争を見ていると、日本企業があちこちの国で、いろいろと問題を起こしている行動原理が理解出来るように思えます。日本人が大金を持って観光旅行に来て、大金をあわただしく使って去って行きます。それによってカナダが大変潤ったかと言うとそうならないのです。それらの殆どは、日本人商人によって回収され日本に行ってしまっています。カナダ人はこのように感じているのです。それ程単純ではなく、また、日本観光客が、カナダを僅かながら潤して要る事は確かです。しかし、日本人が日本人の間だけで、何かごちゃごちゃとやって行ってしまうと言う印象がカナダ人に幸福感を与えないのです。
  観光企業の部外者からすれば、カナダ人にとってせっかくのチャンスであるのだから、日本人がしゃしゃり出ないで、カナダ人に全面的に稼がせてやらないのかと思うのです。旅行者もせっかく外国に出たのだから、片言でも良いからその国の言葉で、買い物やその国の料理を楽しめないものかと考えます。苦労をしてその国の人々と意思の通じた時の楽しさはまた格別です。これも旅をする楽しさの一つなのです。いや大部分かもしれません。その国に入ったなと言う実感を受ける時です。旅の効率を考える余り、息を切らせて多くを見て周り、めくら滅法に買いあさって行く能率主義。旅行を計画する会社も、本当の旅の醍醐味を与えないならば、余り長続きしないのではないでしょうか。落とした金は総て回収され、後は日本人が稼ぐために利用した、荒らされた自然だけが残されて行く。カナダ人がこのように感じるとすると日本人通った後カナダ人の心に滓が残ります。
 自分たちの利益のみを追求してとことん稼いでしまうと「うらみ」が残ります。このような恨みの目からすれば、日本人の民族大移動にも似た団体旅行は、やりきれない奇現象としてカナダ人には映ります。とことん吸い上げるのを止めて、その国の利益を第一に考えるのが末永い事業となるのではないでしょうか。
 日本が世界にとけ込んで行くには、稼ぎは程ほどにしておいた方が良い様に感じます。