高8 塩澤千秋 (カナダ カルガリーから)
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ハローウインの前日から気温が下がり始め、当日は夜間マイナス20度になりました。そんな中、子供達は大きな袋を肩に家々をあちこち訪ねお菓子を集めていました。しかし、最近は住宅街での訪問は少なくなり、もっぱらモールに集まっているそうです。モール内の商店はカウンターにお菓子が用意してあって子供が行けばくれると言う事です。暖かい上に安全であると親たちには評判がいいようです。写真はまだ暗くなる前に、ハローウインのコスチュームを着て何処かに急ぐ家族です。親父さんが一番張り切っているようです。ハローウインが終わった今でも気温は上がらず、昼間でも氷点下五、六度、夜間はマイナス20度近くまで下がります。一週間降り続いた雪は止み晴天が続いています。もう一回くらいインデアンサマーが来ることを期待しています。
信州は今が秋の盛りでしょうか。美味しい果物があって良いですね。それに、花の無い白一色に凍りついたここの冬と違って、何処かに花が咲いている日本の冬は良いですね。

(November 7, 2003)

  氷河をわたる風(25) Labrador Tea
六月、チョッと山深く入るとまだ残雪のあるロッキー山。早朝の林の中にムースの群れが見られると聞いてWaterfowlLakeのキャンプ場に一泊、早起きをして林の中をChephren Lakeに向かって緩やかな坂を登って行きました。まだ誰も通った様子がなく、足元から雷鳥が飛び立ったりします。坂を上りきるとなだらかな草地が林の右手に開けていました。その辺りにムースがたむろしていると案内書にはありましたが、この日は足跡も見つかりません。もう少し行ったら、もしかしたら、とうとうChephrenLakeまで行ってしまいました。湖岸に立つと寂しさと山の厳しさがじわっと押し寄せてきます。


この辺のムースなどは、運良く偶然に会うか、腰を据えて幾日か待たねば観察出来るものではありません。この日はあきらめて、キャンプ場に戻ることにしました。その途中、キャンプ場の傍を流れるMystayaRiverの岸辺にLabradorTeaが群生しているのを見つけました。石楠花の親戚です。名前にTeaお茶と付いているのはハドソン湾に初めて住み着いたヨーロッパ人がこの葉をお茶代わりに使ったのが、インデアンの間に広がったためだそうです。飲みすぎると体に毒だそうです。濃いお茶にしてはいけません。また、似た植物で、ここでも以前紹介しました、美しい花を咲かせるNorthernbog laurelにはアルカロイドが含まれていて毒だそうです。間違えないようにと図鑑に注意してあります。
飯田高松高校山岳部に居た頃、南アルプスでお目にかかった石楠花の花はもっと大きく艶やかでした。平地では中々見られなく、登山して初めて会え、恋心を感じた花でした。アメリカのシアトル市では町の中に艶やかに咲いていました。しかし、ロッキーの親戚は背丈も低く、花も小柄で色も艶やかではありません。厳しい条件のせいでしょうね。でも、信州の少女のような可憐な花です。

 

写真1.坂を登って林の中を歩き、平地に出ます。熊でも出て来はしまいかと、誰もいない林の中を歩いて辿り着いたChephren
Lakeは音の無い、寂しい湖でした。遠く湖の突き当たりに氷河が見えています。                           
写真2.32,3は正面と横顔を撮ってみました。花房の大きさは5cmから10cm程度です。こうして大きくして見ると石楠花の姿でしょう。                                                              写真4.Myataya River の岸辺に咲くLabradorTeaです。遠くに氷河を乗せた山が見えます。多分川の水源です。川の水は大変冷たかったです。
(全ての写真:1999年6月29日撮影)
 

アルバータの秋
 アルバータの秋は短い。美少女の肌にまといつく薄絹ほどのあえない薄さです。八月が終わると樹々の葉が耀く黄金色に、一瞬にして変わります。この辺りはポプラ、アスペン、白樺と、黄金色になる樹ばかり、赤い色を添えるのは背の低い潅木ばかり、それも時々見るくらいであたり一面が黄色一色となります。黄色の海の中に針葉樹の緑が島のように散在します。それが何マイルも何マイルも続き、これらの葉がある日いっせいに落ち、それを覆うかのように、すぐ、雪が来て冬となります。
ロッキー山の落葉松林は森林限界の上部、高山植物地帯との境に分布します。モリンレイク登山道を辿ってテンプル山の中腹に達する辺りをラーチバレー(落葉松の谷)と言い、落葉松が群生しています。春の新緑はかすむようなうすい緑で他の針葉樹とはっきり区別でき、秋は燃える如くの赤茶色の森となります。信州の山に生えている唐松と変わりありません。この林を見ると何時も白秋の詩と信州を思い出します。
繊細な山肌と変化にとんだテンピークス(十の峰)に囲まれたモレインレイクはコバルトブルーの絵の具を溶かしたような色をしています。


国道一号線、カナダ横断道路から分かれたレイクルイズに通じる道を途中から西に入ります。森林の中を曲がりくねる細い道を六マイルほどドライブすると突然眼前に開ける風景です。氷原を載せたいくつもの形の良いいただきが青い空にくっきりと聳え立ち、谷間は氷河で埋められています。路肩に車を止めると谷を隔てた向かい側に寺の鐘を伏せたようなマウントバベルがいささかコミカルな形で立っています。その上方を高い峰々が連続して湖の周りを囲み、右手のマウントテンプルまで続きます。道路からはマウントテンプルは近すぎて、はりだした荒々しい山腹の岩肌しか見えず、其処には新雪が張り付いています。
モレインレイクから川への出口をふさぐように岩山が盛り上がっています。この由来不明の岩山によじ登ると奥行きのある湖の対岸に氷河から出る水の流れが白く岩をかむのが見えます。水量は氷河が凍り始めたため少なくなり湖の水位も随分落ちてしまっています。湖を囲む峰々からは春の終わりや秋の始め、なだれが大音響を伴って落ちてきます。左側の殆ど垂直に近い岸壁からは、雨の日など岩の間から水が噴出し、土砂と共に滝となって落ちてきます。


右手上方、テンプル山の中腹にラーチバレー(落葉松の谷)の紅葉し始めた落葉松が見えます。直ぐ、燃えるような黄金色の森に変わるでしょう。湖の岸から右手の斜面、森の中のハイキングコースを辿って二時間くらい登るとラーチバレーに到着します。さらに直進して高度を稼ぐとセンチネルパス(番兵の峠)に達します。最後の登りは露出したかなり急な斜面に付けられた稲妻型のコースを通らねばなりません。一度友達と登った時、彼は四つん這いになって登りました。余程疲れたのかと思ったら、そうではなく彼は高所恐怖症であったのです。高山植物が疎らに生えたのっぺらぼうの広い斜面ですので、全行程足の下に落ち込む深い谷が常に目に入り、吸い込まれるような感じがします。高所恐怖症の人にはちょっと辛かった事でしょう。ある夏の事、この峠に登り、向こうに広がる尖塔の群れや、パラダイスバレーを楽しんでいると、二十人ばかりの中年日本人団体が登ってきて、いきなり「ばんざい」とやった時には、驚くと共に興ざめの気持ちにさせられたものでした。


もしけさと、なだらかさを求めるなら、ラーチバレーの入り口で左手のコースを採るのも良い。なだらかな山腹に付けられたハイキングコースで、ロッキーで一番澄んだ湖といわれるアイフェルレイクを通過、左手に山の急斜面にへばりついた氷河を見ながらレンチャムパスへと通じています。この道を辿ると、下から見た山容と違ったテンピークスの顔が現れて来ます。湖を取り囲んでいるように見えた連続する峰々は、実は十二三キロも続く縦に長い深い谷の両側に並んでいるのです。谷に平行したコースを辿ります。ガレ場を通り、沢を渉り、雪渓を滑りながら進む。思いがけない所に驚くほど透明な湖が見つかります。エイフェルレイクです。近くの岩場には犬程もあるマーモットが茶色の平たい体を岩の上にながまらせて、珍しげに人間を眺めています。逃げるようすなど少しも示しません。人間の獰猛さを余り知らないのでしょう、全然気にしないようすです。浅い林の中を通る時にはリスが足元をちょろちょろします。高山植物のお花畑では雷鳥の親子が大忙しで坂を下っていきました。時には熊の足跡を見つけ、それが新しいか、古いか判断して進むか戻るか決めなければなりません。幸いな事に此処では、聞くほどには新しい足跡には出っくわしたことはありません。
モレインレイクへの道路は、かつては、道幅が狭くおまけに路面が荒れていたので観光バスが入れなくて個人旅行者ばかりでした。殆どが山を楽しむ人達ばかりで実に静かな所でした。近年、本のちょっとした補修工事の後、狭い道に観光バスが入るようになりました。運転手の腕にまかせっきりといった所です。多くの人達がこの美しい優雅な湖を楽しめるようになりました。此処を訪ねる殆どの日本人は、何となく気位の高いレイクルイズよりも、やさしい顔のこの湖を好きになるようです。良い所を多くの人が楽しめるようになるのはよいことです。しかし、それなりに湖の雰囲気も変わって行くようです。今も小高い岩山から、辺り構わず下に向かって大声で「おかあーさん」と呼んで手を振っている日本の子供達が見えます。
こんな短い秋が終わると、このモレインレイクの道も閉鎖され、アルバータは白一色の厳しい冬へと入って行きます。