ここへ来て、急激に暖かくなりましたね。桜も困惑しているのではないでしょうか?^^;今か今かと待機していた遅咲きの桜も、咲き始めると同時に見頃が過ぎて行ってます。

前回紹介し損なった旧測候所の桜です。移転前はこれが開花標準木でした。桜並木の標準木が枯れてしまったので、今年はこの桜で開花宣言がされた様です。(4/13 撮)

この旧測候所が建てられたのは、大正11年。擬洋風の建築様式で県内に残る唯一の測候所庁舎であること等から、平成24年8月13日に国の登録有形文化財に登録されました。

野底山森林公園の桜です。姫宮と言った方が分かりやすいかな^^;岩見重太郎のヒヒ退治伝説がありますね。長い滑り台があったり・・・

木造の林間学校があったり、家族連れで楽しめる市民憩いの場所となっています。(4/16 撮)今は、桜の見頃は過ぎてしまった様です。

丸山小学校の通学路です。脇を流れる川面には花筏が見られました。(4/16 撮)

今宮球場入口です。(4/16 撮)桜の脇には尊王義士甲子(そんのうぎしかっし)記念碑が立っています。幕末期、水戸藩の武田耕雲斎率いる天狗党が京を目指しこの地を通過した記念碑です。詳しくは水戸天狗党の悲劇 をご覧ください。この件では飯田藩にも幕府からお咎めがあった様です。


大瀬木にある光治稲荷の三本桜です。(4/16 撮)ひと固まりになっていて遠目には一本の様にも見えますが・・・

近くで見れば確かに三本。中央の奥が樹齢350年ほど、手前の2本は若木で樹齢70~80年ほどの様です。

阿智の長岳寺にある、望郷の鐘の桜です。(4/16 撮)見頃は既に過ぎていました。住職の山本慈昭氏(故)が残留孤児の帰国に尽力した事から、映画「望郷の鐘」が作られました。それ以後、鐘楼脇のこの桜は「望郷の鐘の桜」と呼ばれる様になりました。近くには平成天皇も訪れた満蒙開拓平和記念館があります。

長岳寺は、武田信玄を火葬した寺としても知られています。実際に火葬にした場所は阿智の山奥で、遺灰の一部がこの寺に埋葬され、そこに供養塔が立てられています。

八王子神社の夫婦桜です。昼神温泉を見おろす様な所にあります。遠目一本に見えたりしますが。実は二本と言うエドヒガンです。手前の鳥居は一般的な物より少々小型で背の低い鳥居です。(4/16 撮)

バイパス沿道には、名前は無い様ですが目を引く桜が何本もあります。(4/16 撮)

阿智村にはこの他に、駒つなぎの桜、黒船桜、清南寺の夫婦桜、御所桜など名のある桜がありますが、この日は(4/16)未だ蕾でした。今はもう咲いているかもしれません^^;

帰り道に杵原学校に寄ってみましたが、もう見頃を過ぎていました。(4/16 撮)

入り口の案内板を見ると、竣工時には桜が無かった事が分かります。

今度は喬木村です。氏乗の桜をご覧ください。(4/18 撮)

この広場にはかつて分教場がありました。

桜はその開校時に植えられたとの事で、樹齢は100年程と思われます。それにしても大きく育ったものですね^^紅枝垂れ桜で開花時はもっと色が濃いのですが、行くのがちょっと遅かったと言う感じです^^;

そこからまた足を延ばして遠山郷へ。旧木沢小学校です。やはりちょっと遅かった(4/18 撮)

南信濃のかぐらの湯はお休みで、車も少なく人影もまばらでした^^;

駐車場には遅咲の枝垂れ桜が咲いています。まだ小さな木です。

此処には早咲きの川津桜の並木と、遠山川対岸にソメイヨシノの並木があります。川津桜は新緑の葉桜、ソメイヨシノもほぼ散っていました。(4/18 撮)

梨元ていしゃばの桜は未だ満開でした^^ かつてあった森林鉄道を再現している所です。奥の車庫には機関車が納められています。

霜月まつり伝承館の近くでは、上村川の両岸に桜が咲いています。

帰路で再度喬木村へ。富田の城山公園です。道路からは満開の様に見えましたが、行ってみるとかなり散っていました。道には落ちた花弁が沢山。(4/18 撮)

桜の下から富田の集落を一望。確かに城があった場所ですね。

丘の上の主な桜は散り果てています。大宮通りの桜並木もほぼ終わりました。でも郊外にはまだこれからと言う桜もあります^^・・・つづく

(高18回 高田)