今月11日に、事業準備委員会 河原進会長(高16)は、阿智村駒場で起工式を開とした。計画が始まって6年目の事。この事について何回かホームページにUPさせていただきましたが、我々の「明治は遠くなりにけり」ではなく昭和88年「昭和は遠くなりにけり」だ、開拓団に参加された方々は、既に高齢化、当時下伊那の山の中から広大な農地を夢見て、渡満した方々、戦争そして敗戦の悲惨さ、全国最大数の開拓団を送り出した下伊那、この惨事を後世に伝え様と立ち上がった方々、この下伊那に、全国初めての記念館建設を計画された。この道のりは、当事者が高齢化のゆえと、大震災で、寄付の順番が、第2・3になり、なかなか資金が集まらなく、度重なる計画変更の末、やっと、起工式を迎えた。来年3月完成を予定されているが、完成されれば、全国から長岳寺 中国残留孤児の父 故山本慈昭和尚とも、有名になることは間違いない。 添付PDFは、9月6日南信州新聞に記載された記事。
11日起工式 12日付け南信州新聞