飛躍する飯田下伊那

  

  

 今年もまた温暖化のせいか、3月23日桜開花宣言、基準木(ソメイヨシノ)を待たずに、他の木々・草花が一斉に開花した。あちこちでも云われる様に、飯田も観測史上1番の早さだ。
 春といえば、高校入試の生徒に桜咲くですね、飯伊の高校で後期選抜の合格発表がされた。8校17科総募集定員1480人前期選抜530人合格を引く950人募集に対し、899人が挑んだ。志願倍率は、95%だった。昨年もこんな風だったのかな?各クラス減少と科削減の中 定員割れとは、やはり少子化の影響か。
 我母校、全国に有名になったラグビー班の先輩から、力強い祝福の胴上げ、何回も宙に舞った。最高のプレゼントだ。何時もなら固いつぼみの飯田高校のしだれ桜、2分咲き、合格を祝ってくれている様だ。
 3月4月は別れと出会いの時だ。飯伊2・3の保育園では休園の会が催され、浪合村に続き、清内路村が120年の歴史に幕を引き、阿智村と合併、閉村式と消防団閉団式が盛大に行われた。4月に入り新阿智村開村式と忙しい。清内路村は、700名足らずの村ですが、花桃の発祥地、手作り花火が有名で300年の歴史を伝承している。村おこしにと「ぬくもりの宿」農家民泊、農業を体験してもらう体験民宿を立ち上げて全国に呼びかけている、活気ある村だ。
 これで阿智村は、昼神温泉郷・スキー場・ゴルフ場・ロープウエー・手作り花火・花桃・秋の紅葉と観光資源満載で、ますます発展するだろう。
 この度、文化経済自立都市飯田市は、環境モデル都市に続き「中心市宣言」をした。定住自立圏構想実現に向けての第1歩である。下伊那郡の各町村と個別の協定を結び、お互いに助け合い共に成長するために、医療・産業・福祉・交通の連携を考えていく方針である。圏域全体を視野に、定住に必要な都市機能の整備・生活機能確保・充実に努める。
 また第2勢力の上郷商工会が上郷商業組合から引き継いでから飯田市になっても独自に活動していたが、商工会48年の幕を閉じ、飯田商工会議所上郷支部として活躍する。
 環境の面でも経済的面でも、下伊那の都としていた頃の飯田市に戻れることを期待している。

 (新聞の切り抜きは、南信州新聞・信濃毎日新聞)

(斎藤 純)


座光寺饅頭と元善光寺

 先日、ある方が職場を訪ねて来られ、「たまには甘いものでも」と座光寺饅頭を沢山持参いただいた。
 “東の座光寺饅頭に西の一二三屋饅頭”(と云うのかどうか?小生が勝手に命名したものかも知れないが・・・)は、昔から故郷の甘いものの代表格。学生時代からの懐かしい“甘み”のひとつではある。
 本当に久し振りに(多分、何年ぶりかで)、あのしっかり甘い粒あんの座光寺饅頭をご馳走になった。
 一方の一二三屋饅頭はこしあんでどちらかというと甘さ控え目で、一寸上品な感じではある。好みの問題であろうが、婆さんの自家製あんこが何よりの好物だった田舎者には、何となくこの粒あんの方が嬉しい。
 早速、先の週末、久しぶりにその饅頭を求めて元善光寺門前町を訪ねてみた。
 朝からお寺の駐車場には県外車も入り始め、急な石段を上り下りする人も多い。そういえば今年は7年に一度の御開帳である。 連日、テレビや新聞で善光寺御開帳の様子を目にし耳にするところであるが、勿論「元善光寺」も御開帳の年だ。
 特に今年は全国六善光寺一斉御開帳で、これは史上初とのことであるから特別の大イベント。この4月5日から5月31日までの約2ヶ月間、全国の「善光寺」が大いに賑わうことであろう。
 元善光寺の境内には既に立派な回向柱が建立され、すっかり準備も整って後は4月5日を待つばかりである。

(槙原 英勝) 

 
飯田市議会議員選挙が行われます

任期満了に伴う市議会議員選挙が、4月12日告示、19日投票の日程で行われます。
 今回の選挙はは定数が29から23に減る中で、少数激戦が予想されています。今は告示を前に、あちこちで個人演説会が行われているところです。飯田市内にお住まいの皆さん、19日は忘れずに投票に出かけましょう。
 さて、話題を我が家に転ずると、長男が大学を卒業し、飯田に戻ってきて就職しました。4月1日は入社式を終え夕方帰宅すると、夕食を済ませてすぐに眠ってしまったとの事。やっぱり緊張していたのでしょう。
 慣れるまでは無理をせずに頑張ってもらいたいものです。
 上の写真は3月29日と4月5日に同じ場所で撮影した桜です。開花したのは早かったのですが、その後最低気温が0度に下がるなどして朝晩は寒い日が続いたので、なかなか散りません。但し、咲くまではかなり急だったので、色はあまり鮮やかではないようです。

(高橋 秀治)