昭和62年の北海道広島町で行われた第14回全国高校空手道選手権大会の資料が手に入った。飯田地方では、昭和30年代日本空手協会長野支部が長野県本部に変わる時に飯田支部として加盟1番で支部ナンバー001番あった。拳武館を支部道場として、青少年を中心に、上郷・松尾・鼎・丸山・山本に分会を置き活躍をしてきた、大会も少年部の大会が追加され、飯田地区からも優秀な選手を輩出してきたが、高校大会は学校に班がないために町道場の指導員が引率するくらいで、過去に出場記録がない、この大会長野県では飯田高団体、個人8名・松商高個人2名・長野南校個人1名・野沢南高団体7名・松本深志高個人1名5校であった。団体戦は、それなりの選手を育成して挑むもので、まとめるのが大変だったと思う。飯田高の3文字を胸に大会初出場、個人組手で嶽野英樹3年生が5位入賞、長野県勢は2名が入賞を果たした。素晴らしい素晴しい事だ。
資料の中に、松本深志高 2年三村由紀の名前があった、やはり初出場、組手は1回戦敗退であったが、形で2位入賞している、この後青山学院大 筑波大講師 防衛大講師等に進むが、63年以来引退するまで全ての大会で優勝し、世界大会でも4Vしている話題の女性もいた。
この時の嶽野英樹選手は、早稲田大にて空手を続け、墨田区では支部長を務め、飯田に帰省してからは、飯田市上郷支部長の傍ら飯田高校の空手班の指導をして、県大会や全国大会に、選手を送り続けてけている。本人はまだ現役で、シニアクラスでの全国大会に毎回出場し、優勝をしている。