回数学年」カテゴリーアーカイブ

温故知新 ① ルーツ

この度HP委員会に参加する事になりました高18回 高田です。主にこの「ふるさと情報便」を担当していきます。
では何から?最初ですから、ルーツを訪ねてみたいと思います。過去に先輩方も載せていてダブル事も有ろうかと思いますが、その辺はご了承ください。

本校は、明治15年にここ永昌院で下伊那中学校として開校しました。最初は寺子屋スタイルだったようですね。永昌院は飯田城主が京極氏の時代に現在地に建てられたと言われています。脇坂氏の時他所へ移されましたが、堀氏の時代に現在地に戻されました。


伝馬町からの参道入り口に、下伊那中学校が此処で開校したと書かれた案内板があります。

境内には、独立100周年を記念して建立された記念碑があります。

細かい文字は読めますかね?
【下伊那中学校は明治15年6月27日ここ永昌院に開校 生徒65名であった。
16年 専照寺に移る。】 1年そこそこで移転したわけです。

専照寺は松川町に建てられた後、飯田城主が小笠原氏だった時代に現在地に移されたと言われます。入り口の薬医門は、伊豆木の小笠原屋敷の鼓楼門を移築したもので、その際太鼓を外し鐘と取り換え鐘楼門となっています。本堂前のシダレザクラは、推定樹齢400年。脇坂氏の弥陀四十八願桜の1本と言われています。

【17年8月 長野県中学校飯田支校となり 11月長姫城二の丸跡の新校舎に移転したが・・・】1年そこそこでまた移転です。新校舎に移転、とあるのでお寺は仮住まいだったのかな?

二の丸跡、今は市の美術博物館ですね。この長姫の江戸彼岸桜は、藩主堀家の家老 安富氏の屋敷跡近くにあった事から「安富桜」とも呼ばれています。推定樹齢450年以上と言われ、県の天然記念物に指定されています。市内に数ある桜の中でも人気が高く、多くの観光客が訪れています。

応援歌「長姫城頭」はこう言った歴史背景から来ているのですね。

碑文の続きです【・・・19年4月閉校となった  しかし中学校設置の郡民の要望が強く7年後の26年4月長野県尋常中学校飯田支校として復活し 32年4月長野県松本中学校飯田支校となった さらに郡民の熱望が実り33年(1900)4月15日独立中学校として長野県飯田中学校が誕生した】

この碑は、独立100周年記念事業実行委員会(委員長 長坂好忠  中41)の皆さんが、平成12年(2000)4月に建立しました。2,000年が100周年。覚えやすいですね。

では下伊那中学校 最初の卒業生は、どのような方が居るのでしょうか?入学時は永昌院、卒業時は二の丸跡の新校舎。これだけでも波乱に満ちていますね。名簿を見ると、その中に大江磯吉の名があります。次回はその辺を紹介したいと思います。                                                         (高18回 高田光浩)

 

 

 

 

 

 

2月2日(土) 『風夢の会45』です 

<風に向かって夢は膨らみ 風に乗って夢を紡ぐ>

高校卒業後初めての再会、25周年の同窓会から20年も経ちはや45周年になりました。「平成」最後の風夢、改元を機に、運営も場所も日時も、もっと参加しやすくガラッと変える必要もあるのでは・・・。これからを語りましょう。

【日時】 2019年 2月2日(土) 午後6時~

【会場】 マリエール飯田本館(飯田市羽場坂町の「平安閣」です)

【会費】 6,000円(引き続き「愛里」へ移動し、いつもの二次会)

【返信】 1月末までに届くように、返信ハガキの投函お願いします。

※ 同窓会本会「定期総会」の当番幹事が回ってきます。

毎年6月に開催される定期総会の議事進行を始め、講演会の講演者、アトラクション・懇親会の進行係などの我々学年の当番幹事は、2022年になります。向う2年余のうちには実行委員会を立ち上げる必要があります。ぜひこちらにも、ご提案、ご要望、講演者候補の自薦・他薦etcを事務局までお寄せください。

いよいよ迫りました飯高20回生50周年記念事業

万全を期して各部会一生懸命進めてきました。

全国からお集まりいただく皆さまのため準備万端相整いましてお待ち致しております。

先日は毎月開催している二十日会の例会会場である中央通りの居酒屋「嵯峨」を訪ねましたよ。

その前には母校を訪ね、巻山圭一校長からお話を伺いました。

20回生のいい話しは、三島基宜君と井坪修君が卒業生の思い出である小学校の校章を残したことです。

早速取材しました、当時勤めていた先生の記憶を辿ってご案内頂きました。ひっそりと残る水神さま、写真別掲

あれから半世紀、当時の坂井自治会長が書き残した検証文を掲載します。

2018・4・29作成 我が蒼き青春の残像 高20回生坂井会長の証言

一九会平成30年度総会開催される。

一九会総会は、41名が参加し5月25日に飯田市鼎のビーラクスマツカワで開催されました。総会では、定例議題の事業報告、会計報告、監査報告に加え、会則の改定が審議され承認されました。会計報告では、特別支出として同窓会名簿発行に伴う広告費が承認され、通常経費として総会通知等の通信費が主たる支出であることが報告されました。会則の主な改定点は、事業年度を4月から翌3月まで(旧は10月から翌9月まで)としました。
また役員改選案が了承され、代表幹事に下平薫さん、会計に熊谷洋平さん、下田章さん、監査役に羽場健治さん、小木曽計男さん、事務局に宮嶋孝彦さんが選任され、今後2年間担当することになりましたので、よろしく願いいたします。
総会に引き続き講演会を行い、同期の(公益)南信州・飯田産業センター 飯田ビジネスネットワーク支援センターオーガナイザーの木下幸治さんに、「飯田ビジネスネットワーク支援センターの活動紹介と小水力発電について」と題し講演していただきました。木下さんはTDK(株)で長く活躍され、飯田市に生産拠点が出来たことから異動され、退職後は請われて現職に就かれました。
木下さんは、国内企業からの様々な産業の開発要望の情報を集め、地元南信州の様々な技術を持った110余社の中小企業をまとめ上げ、「共同受注ブランド」を構築することを目的として、活躍されております。言ってみれば、営業活動が不得意な地元中小企業を産業界の要望とマッチングさせ、統括し商品化することで地元企業を育てるという仕組みです。その一例として進行中の小水力発電を紹介していただきました。少し専門的な話になることもありましたが、聴講した会員から大きな激励と拍手が送られました。
記念写真撮影後の懇親会では、美味しい料理とお酒も手伝い、会員相互の語らいが大いに盛り上がり、元応援団の北原隆司さんの指揮の下、応援歌と校歌を斉唱しました。最後は埼玉県熊谷市から参加していただいた本庄正良さんの万歳三唱をもって散会しました。来年には「古希の会」を計画いたしますので、遠方の方にも声を掛け合っていただき、大勢の方の参加を願っております。

改定された会則 (クリック)役員改選(クリック)

◇総会、懇親会の写真

 

 

 

 

総会の様子

 

 

 

 

講演は木下 幸治君(H組)

 

 

 

 

集合写真

 

 

 

 

 

 

懇親会

 

他の写真は、こちら  (クリック)

一九会事務局

 

東野支部 復活の総会

東野支部は平成13年に結成されましたが、ここ10年あまりは休眠状態でした。
柱となる役員の方が亡くなられた事もあり、結集力も薄れていました。
このままでは消滅してしまうと、昨年7月既存役員と新たなメンバーで暫定役員会を発足。
数回の検討会を経て、この度平成30年度東野支部総会の開催に至りました。

4月29日東野公民館に於いて、同窓会副会長の大田中さんを来賓に迎え支部総会が開かれました。


議案に移り、東野支部規約の改定、会計報告、支部役員が決まりまり、支部長の高田大八氏より、新役員が紹介されました。

役員は次の通り(敬称略)
顧問:鋤柄奏 、副支部長:小島康晴、会計:篠田仁宏、幹事:松澤卓治・中田勝久・三村諭吉、監事:大鋸寿六・平沢忠明

この後 高田大八氏が「周平作品拾い読み」と題した講演。小説家 藤沢周平の作品等が紹介されました。

藤沢周平は、山形県鶴岡市出身で本名は小菅 留治(こすげ とめじ)。山形師範学校卒業後は優秀な教師として将来を嘱望されていたが、肺結核により入院し休職。退院後は『日本食品加工新聞』の記者となる。勤務のかたわらこつこつと小説を書き始めた。ペンネームの「藤沢」は妻の実家の地名(鶴岡市藤沢)から、「周」の字は妻の親族の名から採られている。その奥さんは急性の癌により28歳の若さで急死。やり場のない虚無感をなだめるために時代小説を書く様になる。
昭和46年「溟い海」で、第38回「オール讀物」新人賞受賞。昭和48年「暗殺の年輪」で、第69回直木賞受賞。昭和61年「白き瓶」で、第20回吉川英治文学賞受賞しています。
その他「たそがれ清兵衛」「武士の一分」等は映画化もされたので皆さんもご存知でしょう。
若い頃の結核手術の際輸血により肝炎に罹患し、1997年に肝不全のため69歳の若さで亡くなりました。

講演の後は机を並べ替え懇親会。

閉めはやっぱり校歌ですね^^

(18回 高田記)

 

50周年事業第3回実行委員会議事録

 

この写真は、4/5伊那十二薬師観音御開帳札所巡りした時、高20回生G組木下喜文氏、山田章平氏が氏子としてお守り頂いている上郷北條観音様の御尊像・回向柱・立札と、B組林宗吉氏たちが丹精している龍江今田平八重桜街道を4/16訪ねた時のものです。

緑色の桜も綺麗でしたよ。

卒業50周年記念式典並びに祝賀会 

  1.期 日    平成30年6月3日(日)

  2.式典会場   飯田高校

  3.祝賀会・宿泊 昼神温泉「ユルイの宿 恵山」

               ☎ 0265-43-3188

.日 程    

     <式 典> 飯田高校

         13001400  受付

         14001440  記念式典

         14401500  記念撮影

         15001600  昼神温泉へ移動

     <祝賀会> 昼神温泉 「ユルイの宿 恵山」

         17001930  祝賀会

  *飯田高校より送迎用のバスが出ますのでご利用ください。

                        以上

卒業50周年記念事業「寄附金」のお願い

卒業して半世紀50周年を記念して、高20回生の総意として、

母校への応援として「教育振興基金」への寄附を決めました。

施設拡充・在校生の諸活動への一助としてもらいます。

是非とも趣旨にご賛同いただき、下記への振込みをお願いします。

一口三千以上をお願いし、目標額60万円です。

よろしくお願いします。

ゆうちょ銀行 00540-9-103201

口座名義   飯田高校20回生同年会実行委員会

 

2月3日 「風夢の会44」です。

「風夢の会」も「44」の数字がつきました。
44・・・さしずめ「獅子」でしょうか?
まだ若獅子?
誰もが夢を持ち、”風”に向かっている仲間。
少し身体や健康を気にしながら、これからも”夢”を語り合いましょう。仲間とともに、一緒に。
【日時】 2月 3日(土) 午後6時~

【会場】 マリエール飯田本館
(飯田市羽場坂町の「平安閣」です)

【会費】 6,000円
(引き続き、「愛里」へ移動し、いつもの二次会)
【返信】 1月末までに

※ 来年(2019年)は2月2日(土)、再来年(2020年)は2月8日(日)の予定です。

一八会 古希記念東京大会② 二日目

さて2日目です。
ホテルの朝食会場は、昨夜多くの方が2次会をしたラウンジでした。

メニューは和洋中のバイキング。
私は和食で軽く^^皆さんは如何でしたか?

この日は殆ど観光でした。まぁお上りさんと言う気分^^;
東京の幹事さんは上手いコース設定だったと思います。
私は殆どが初体験だったからね~^^
先ずはスカイツリーです。以前此処に来た時は工事中。
展望台の上にクレーンが乗っていました。
今となっては貴重な写真ですよ^^

バスを降りて最初に案内されたところは、記念写真のスタジオ。

この後は団体専用のエレベーターで展望台へ!
好天に恵まれていましたね^^

東京湾方面は逆光でした。

足元が透けている所も!ゾクゾクしてしまいますね^^;

その後は浅草散策。

仲見世通りをブラブラと♪


雷門では、記念写真を撮ったり撮られたり^^


散策後、二天門前に一旦集まって・・・


バスまで徒歩移動。。。


ところで、駐車場横のこの建物を覚えていますか?
メダリスト浜口京子さんの母校、台東区立浅草小学校との事です。

さて、お腹も空いて来たところでランチタイムですね。
両国の「花の舞」、奥に深いお店でした。
私は気が付かなかったのですが、本物の土俵もあるとの事。



昼食後、今度は隅田川の水上バス。私はこれも初めて^^
バスを降りて乗り場まで少々歩きました。それもまた良いね。



待つ事しばし・・・

いよいよ出港!

しばしの船旅気分。


多くの橋をくぐりましたね。幾つあったのかな?勝鬨橋も!

着いた所は浜離宮。


私は此処も初めてでした^^


そして中島の御茶屋で一休み。

ところで、こんなんが居たのに気付きましたか?
白鷺と黒猫、black & white^^野良ちゃんなのかな?

出口近くの大きな樹の下に何となく集まって・・・

この裏には、300年の松。根元からの枝振りが凄い!

出入り口の石垣。昔の技術も素晴らしい!

この後一旦解散。東京の方、他に寄る方とは此処と東京駅でお別れ。

飯田組はそのままバスで帰郷。談合坂で休憩。
素早い方はここで夕食を済ませたとか^^
私は焼きそばを購入。バスで食べました!

諏訪湖までは一眠りと言う方もZzz
諏訪から飯田まではカラオケ大会♪ あっと言う間でした^^

同期会ですが、顔や名前でお互い知り合いと言う方は僅か。
それでも一緒に行動し楽しめるのは、共有する物があるからですね^^

    E組 高田 記